水石の基礎知識

水石の歴史

日本の水石としての歴史は、南北朝時代から始まったと伝えられます。

「夢の浮橋」

現存する「夢の浮橋」(徳川美術館 蔵)は後醍醐天皇(1288〜1339)がことのほか珍重したもので、西本願寺の寺宝「末の松山」は、中国の揚子江の沿岸鎮江の金山寺から渡来したものです。

中国では、すでに九百余年前に米元章(北宋の書家)がわれわれのいう「水石」と同じ趣味を持ち、山水の景石愛玩したという記録があります。
日本では、盆山あるいは盆石といった古記録は、宗の文化を学んだ東山時代の文献に断片的に見られます。東山殿・足利義政(1435〜1490)は、盆上に天然の砂を置き、砂の打ち掃くさままで創案して山水景石を描写しており、今日の水石趣味の道をひらいた始祖といってよいでしょう。

江戸時代に入ると、徳川家康などの遺愛石も今に伝わっていますが、なかでも茶人であり、造園家でもあった小堀遠州(1579〜1647)の「初雁」や「重山」は貴重なものです。

江戸末期には数多くの文人たちが輩出しますが、なかでも頼山陽(1780〜1832、儒学者、歴史家、漢詩人、書家)は愛石家としてあまりに有名です。現在でも遺愛石として「大和群山」をはじめ多数の名石が保存されており、その風雅の心をたずねることができます。

山水景情石、山水石を略しての「水石」という言葉が定着してきたのは、明治後半から大正期に入ってからでした。
当時の趣味家は、盆栽とともに水石を好む人が多く、岩崎家の兄弟、弥太郎と弥之助はとくに有名で、台帖を作り、石の底部に漆で番号を書いた「番号石」は今も残っています。

戦後は昭和36年、日本橋三越で第一回「日本水石名品展」が開かれ、盆栽から独立して水石のよさ、味わい方が見直され、今日に至っています。

水石の五大要素

水石は、一塊の自然石を対象に、詩的想像力をはたらかせて、さまざまな芸術的感興を味わおうとするものです。換言すれば、その形態、紋様、色彩などから、山水の景趣、あるいは自然界のさまざまな現象などを感じとって楽しむ独特の趣味といえます。

三面の法

水石の五大要素とは「形」、「質」、「色」、「肌合い」、「時代」ですが以下に解説していきます。

形(三面の法)
水石は、その形のどこかに、なんらかの自然景観を連想させる見所を見せていなければなりません。石の形の見方については、吉村鋭冶氏が遠山石の基本を「三面の法」として、次のように解説しています。「三面とは石の前後、左右、底のことですが、この三面の調和が石の形を見る場合の原則になると思います」。
つまり、前と後、右と左がそれぞれ釣り合いがとれ、その上に前後、左右、底の三面が大きさ、形、厚さにおいて調和している石が好ましいということです。
水石に望まれる石質は、簡単に欠けたり変質しないこと、すなわち硬さ、緻密さです。青苔の生えるような、質が軟らかく水を含みやすい石は好ましくなく、といって宝石のように硬ければよいというものでもありません。硬く緻密の中にも、人の心を和ませる柔らかな味わいが求められます。
水石は自然との違和感がある色は避けるべきで、品位と落ち着きが感じられる色でなければなりません。つまり、はっきりしていて、濃く、深みがあることが求められています。一般に、黒、茶、紫系統が好まれています。
肌合
肌合は、自然にできてその石の持ち味になっているものと、水石として養石し、風化などによって生じた時代、古さを感じさせるものがあります。
  • 巣立(すだち)
  • ジャグレ
  • 米点模様(べいてんもよう)
  • 皴(しゅん)
  • 糸掛(いとかけ)
  • 梨地(なしじ)
  • 龍眼(りゅうがん)
  • サバ花
時代
形、質、色、肌合いなどがよくそなわり、なお風韻を感じさせるものがあってはじめて、真に味のある水石ということができます。そのもととなるべきは、なんといっても時代からくるもの、すなわち古い持ち込みからくるものです。
古びた趣(時代、古色、持ち込み)をもつまでには、長い年月、養石(ようせき)をしなければなりません。